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名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)1612号 判決 1959年6月30日

原告 岡村英治 外五名

被告 国 外一名

訴訟代理人 林倫正 外二名

主文

原告等の請求はいずれも之れを棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は連帯して、原告岡村英治、同織田甲子彦に対しては各金十五万四千円、原告林進堂に対しては金二十一万六千円、原告沢田昭三、同山本貢、同大牧理七郎に対しては各金十八万四千円を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告愛知県が管理運営する愛知県警察本部司法警察職員は、昭和三十年七月下旬頃夫々肩書住所に居住する原告等を「原告等が共謀して昭和三十年三月十七日頃神戸税関保税地域内から神戸税関の許可を受けずして毛織糸四十ベール八千封度を密輸入して法定額の関税を逋脱した」との関税法違反等被疑事件の被疑者として同被疑事実を摘示し、原告岡村、同織田については神戸地方裁判所裁判官に、その余の原告等については名古屋簡易裁判所裁判官に夫々逮捕状を請求し、因て、その頃右各裁判官は、同趣旨の逮捕状を発付し、前記司法警察職員は、右逮捕状により原告沢田、同山本、同林、同大牧を同年八月一日に、原告岡村、同織田を同年八月二日に夫々神戸市内に於て逮捕した上原告沢田、同山本、同林、同大牧を即日、原告岡村、同織田を翌日夫々名古屋市内の愛知県警察本部に引致して留置した後原告林を同年八月一日原告沢田、同山本、同大牧を同月二日、原告岡村、同織田を同月四日に夫々前記被疑事件の被疑者として名古屋地方検察庁検察官に送致した。

而して、その頃右検察官は、名古屋地方裁判所裁判官に対し原告等を同被疑事件の被疑者として前記警察本部留置場に勾留する趣旨の勾留を請求し、その頃同裁判官は、同趣旨の勾留状を発付し、因て、その頃前記検察官ほ、原告等を前記留置場に勾留し、その後右裁判官に原告等の勾留期間の延長を請求し、同裁判官は原告等の勾留期間延長の決定をなした。

その后原告等は保釈を許可せられ、同年十月十七日釈放せられたが右逮捕から釈放せられる迄拘禁抑留せられた日数は、原告岡村、同織田は各七十七日、原告林は百八日、その余の原告等は各九十二日に及んだのである。

二、然る処、原告等は、いずれも前記逮捕当時愛知県内に現在せず、又同県内に住所居所を有しなかつたものであり、且つ原告等に対する前記被疑事実は摘示されている犯罪事実自体によつて、その犯罪地が神戸市内に止まること、及びその犯罪行為が神戸市内に於て終了していることは明白である。

而して、斯かる場合警察法によれば、前記司法警察職員には土地管轄上原告等に対する前記被疑事件につき捜査権を発動して逮捕状の請求、逮捕、事件の送致をなす権限も事由もない。

従つて、(イ)右司法警察職員は、故意又は重大な過失によつて原告等を不法に逮捕し、且つ、違法に事件送致を行つたものであり(ロ)前記名古屋簡易裁判所裁判官及び神戸地方裁判所裁判官の逮捕状の発布、前記名古屋地方検察庁検祭官の勾留の請求及び勾留の執行、名古屋地方裁判所裁判官の勾留状の発布及び勾留期間の延長はいずれも故意又は重大な過失によつて前記司法警察職員の違法な権限行使を看過し、自らも又検察庁法、刑事訴訟法に違反して権限を行使したものである。

よつて、原告等の前記抑留拘禁は、右司法警察職員、検察官、裁判官の共同又は重畳する故意又は過失による違法な権限行使に因るものである。

三、而して、原告等は右長期間の抑留拘禁に因つて身体の拘束を受けたのみでなく、住所地から遠い土地に拘禁されたため家族との交通、家事の処理、業務の遂行を妨げられ、財産上多大な損害を蒙つた外精神上多大の痛苦をなめた。

よつて被告等は国家賠償法第一条の規定に基き原告等に対し連帯して右損害を賠償する義務がある処、原告等は本訴に於て精神上の痛苦による損害につき、抑留拘禁一日につき金二干円と算定し、被告等に対し連帯責任として、原告岡村英治、同織田甲子彦は金十五万四千円、原告林進堂は金二十一万六千円、原告沢田昭三、同山本貢、同大牧理七郎は各金十八万四千円の支払を求める、と述べ、

被告等の答弁に対し、

愛知県司法警察職員が関税賍物罪の捜査に着手していた事実及びその捜査に基いて本犯の犯人としての原告等に捜査権を及ぼしていた事実は否認する。

右警察官は愛知県内に於て本件関税法違反等被疑事件の発覚の端緒を探知したに過ぎないものであるにかかわらず被告等は右警察官が管轄区域外にも捜査の権限を及ぼし得る場合であるとして警察法第六十一条を不当に解釈している。

警察法第六十一条は旧警察法第五十八条第一項の規定を取入れたように解釈をすべきでない。何となれば旧警察法の規定は弱小な自治体警察や国家警察やの権限行使を円滑にするためのものであつたが、強力な都道府県単位の警察となつた今日は右の如く解釈する実質的乃至目的論的理由がないからである。

仮に旧警察法第五十八条第一項に因んだ解釈が許されるとしても「本件職務」の事実関係は未だ以つて他管轄区域内の犯罪が自管轄区域内に及んだと解すべきでないことは昭和二十四年十二月六日附法務府法制意見に依つても明白である。

又警察法第六十一条に定める「公安の維持に関連して必要がある限度」において「管轄区域外にも及ぼし得る」権限は「犯罪の捜査」「犯人の逮捕」を含まず警察官職務執行法第二条乃至第七条に定める権限のみを指すこと明白であるから本件捜査を「公安の維持」に藉口することは全く無意義なことであると述べた。

立証<省略>

被告国、同愛知県各代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中第一項の事実は全部認めるが、その余の事実は全て争うと述べ、主張として

一、愛知県警察本部の司法警察職員は、昭和三十年四月頃愛知県尾西地方に輸出向毛織品が相当量流れ込んでいる風評を聞知し、その捜査を開始した。その結果、昭和三十年三月十七、八日の両日に亘つて純毛織糸五十二番双糸八千ポンドが荷送人神戸豊島商店、荷受人一宮豊島本店として神戸市の内海運輸合資会社のトラックで一宮市内田中倉庫株式会社に入庫され、その一部は尾西市の高橋毛織株式会社に運搬されていること、並びに右五十二番双糸は、その梱包から荷印がで、毛製品検査協会の合格証紙が貼布され香港向輸出貨物として梱包されていることが判明した。

又、同年四月一日には前記トラックで、一宮市内株式会社森吉倉庫に川島紡織四十八番双糸五千ポンドが荷送人松永洋行、荷受入丸紅名古屋支店として送られていること、及びその梱包から荷印がで、前同様検査の合格証紙が貼布され、香港向輸出貨物として梱包されていることが判明した。

そこで、右貨物が輸出通関済のものかどうかを捜査した処、前記五十二番双糸は、神戸税関で神戸市所在株式会社富島組の手で輸出申告がなされ、右神戸の富島組保税上屋に搬入されて、昭和三十年三月十六日輸出許可を得、翌十七日香港に船積されていたことになつていたこと、並びにその輸出者は大阪市内の山本商事となつているが、その双糸の荷為替手形割引金は、輸出名義人山本商事から委任を受けた大阪市内の松永洋行の林進堂の口座に入金になつていること、及び前記四十八番双糸も亦前記富島組の手を通じて香港に船積されていたことになつていたこと、並びに、その輸出者はサワダ、トレイデングカンパニーになつていること等が判明し、又前記各貨物がいずれも神戸税関に輸入申告書も出されておらず又解約、返品になつた形跡もなかつた。

一方、右松永洋行の実体の捜査を進めた処、松永洋行は法人格を持たず、その主宰者と目される原告林進堂は、昭和二十年頃から手広く闇繊維商を営み、自由貿易が可能となつてからは、松永洋行が直接輸出者となることを避け、原告山本貢、同沢田昭三等の名を冠した山本商事とかサワダ、トレイデングカンパニー(いずれも架空商社)名等を使用し、松永洋行は右架空商社の委任を受けた形にして貿易を営んでいたこと、原告沢田、同山本、同大牧は松永洋行に勤務する主要な従業員で船積等の打合せ、銀行に対する輸出関係事務等を担当し、原告林進堂と共謀して密貿易を営んでいたものであり、原告岡村、同織田は、右原告林進堂等が前記密貿易をする情を知りながらこれに加担し、輸出許可を受けた貨物を他の貨物とすりかえて密輸入していたものであることが夫々判明した。

二、而して、右司法警察職員が、前記各貨物を運搬し、保管又は取得した田中倉庫株式会社、豊島株式会社、株式会社森吉倉庫、丸紅名古屋支社につき賍物罪(関税法第百十二条)の容疑があるのではないかと見込み、押収捜索令状を求めて捜査する一方これが知情の点等を捜査するため本犯の捜査活動に捜査力を移した。

而して本犯の捜査に入つた処前示すりかえ密輸入の事実が判明し事件のウェイトがこの事実に置かれたが、右知情の点についても捜査を進めていたものであつて、賍物罪の捜査に関連して本犯に捜査を及ぼすことは適切な処置である。

又、原告等の被疑事実は神戸の株式会社宮島組の保税上屋に搬入した貨物を一宮市の田中倉庫株式会社又は森島倉庫迄トラックで運搬して引取つたものであるから右は密輸入の実行行為の連続である。そもそも捜査の段階における犯罪というのは刑事裁判における概念的な構成要件事実の全部を指すものでなく、それらの全部又は一部を実現するに不可分の関係にあるすべての社会現象を云い又右構成要件が何時充足されたかを問題とするものでなく社会通念的に見るべく、この見地よりして右貨物の運搬は正に密輸入の犯罪が愛知県下に及んだものであり原告等の被疑事実について捜査したのは適法である。

又密輸入の貨物が管轄内において売捌かれている場合国際的性格を有する事犯であることから賍物罪に関連して管轄内における公安維持のため他管内にもその捜査権を及ぼし得るものと云うべきである。

要するに右司法警察職員は警察法第六十一条に依つて本件関税法違反等被疑事件につき捜査の権限を有したものであり、同条は旧警察法第五十八条の趣旨も包含しているものである。

三、よつて、原告等に対する本件関税法違反等被疑事実について刑事訴訟法第百九十九条第一項に則つて逮捕状を請求した処、裁判官はこれを理由ありと認めて令状を発布したので、原告等を逮捕し、引致して留置したのである。

而して、原告等は、右の如く適法な逮捕手続により逮捕され、その主張の場所に留置したものであるから、勾留状を発した裁判官は、刑事訴訟法第二条に従つて処理したもので適法であり、又勾留状を請求した検察官は、名古屋地方裁判所の管轄区域に属する事項を処理したものでこれ亦正当な権限の行使である。

仮に右検察官については、犯罪地がその土地管轄内になかつたとしても右司法警察官の適法な逮捕によつて、原告等の現在地が本件検察官の管轄内にあつたこととなるのであるからその勾留状の請求は適法なものと云わねばならず、従つてその後の処分も適法である。

仮に百歩を譲つて被告等の各公務員が土地管轄がないのに違法に公権力を行使したとしても、未だ本件関税法等被告事件について有罪無罪が確定しないから原告等の主張するが如き精神上の損害を発生せしめる相当の因果関係があつたとは到底考えられない。

従つて、原告等の本訴請求は失当であると述べた。

立証<省略>

理由

原告主張の請求原因事実中第一項の事実については当事者間に争なき処である。

原告等は、原告等に対する本件逮捕勾留は、警察法、検察庁法、刑事訴訟法に定める土地管轄規定に違反してなされたものであるから違法である旨主張しているので判断するに、

警察法第六十一条に依れば都道府県警察はその管轄区域内における公安の維持に関連し必要ある限度においてはその管轄区域外にも権限を及ぼすことができ、右公安維持の事例として管轄区域内の犯罪の鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕が例示されている。

しかるところ、成立に争なき乙第一号証乃至第二十五号証、同第四十九号証乃至第五十八号証、並びに証人佐治淳一、同中村正己、同後藤啓一、同岩淵泰秋の各証言を綜合すると、被告主張の事実中一、の事実を認めることができる。

而して、右認定した事実に徴すると、愛知県の司法警察職員が、その管轄内に於て捜査の端緒を推知したに止らないで、その外装から密輸貨物であることが十分に推知できる形跡の存する貨物を管轄内なる一宮市在の倉庫業者の倉庫にて発見し、右貨物は神戸港の保税上屋から直接トラックで右倉庫に運ばれたものであることを知つた次第であるから、たとえ、実体的に見た関税法違反等の行為は神戸市内にて終了しているとしても右犯罪は前記法条の「管轄区域内の犯罪」と解すべく、又斯かる現象のある場合には、管轄区域内の犯罪たることは別としても、管轄区域内の公安維持の上より他管内にて右関税法違反等の犯罪の捜査及び犯人の逮捕ができるものと解せられる。

然らば、愛知県の司法警察職員が、原告等に対する被疑事実に基き、原告等主張の各裁判官に対し逮捕状を請求したこと、同裁判官が原告等に対する逮捕状を発布したこと、右逮捕状により右司法警察職員が原告等を逮捕したこと、はいずれもその職務権限の行使として適法であると云うべく、従つて、右適法なる逮捕手続によつて愛知県内に現在するに至つた原告等に対し、名古屋地方検察庁検察官が名古屋地方裁判所裁判官に対し原告等に対する勾留請求をなしたこと及びその勾留の執行をなしたこと、同裁判官が原告等に対し勾留状を発布したこと及び勾留期間延長決定をなしたことも亦適法であると云うべきである。

よつて、原告等の本訴請求は、その前提において失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項但書を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 大内恒夫 浪川道男)

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